関西の建設需要はどこへ向かうか — 万博後・インフラ更新・都市再開発
「万博が終わったら、関西の現場って減るんですよね? 今このタイミングで動いていいのか、正直こわいんです」
関西の施工管理職の方と話していると、この不安をほんとうによく耳にします。夢洲に人も予算も集まった数年間を間近で見てきた人ほど、その反動を肌で感じているのだと思います。皆さまも、心のどこかで同じ問いを抱えていませんか。大きなイベントが去ったあと、自分の技能を必要としてくれる現場は残るのか、と。
率直に言うと、僕はこの問いの立て方そのものを、少しだけ組み替えたほうがいいと考えています。「万博後に仕事が減るか・増えるか」という一本の物差しで未来を測ろうとすると、答えは必ずぶれます。建設需要は、性質のまったく違う波が二重に重なってできているからです。片方の波だけを見て一喜一憂すると、キャリアの舵取りを間違えます。誤解がないように申し上げると、僕は建設業の専門家ではありません。ただ、20年ほど人のキャリアの転換点に立ち会ってきた人間として、「どの需要が長く続くか」を見分ける目の置き方だけは、いくつかお渡しできます。
0. 前提 — 「二つの波」という見取り図
本題に入る前に、この記事でずっと使う道具に名前を付けておきます。僕が関西の建設需要を人に説明するとき、いつも「二つの波」という言い方をします。社内での呼び名みたいなものなので、正式な用語だと思わないでください。
一つ目は「速い波」。新築・新設の需要です。万博のような大型イベント、大規模な再開発、新しい商業施設やタワー。華やかで、金額も大きく、報道にもよく出ます。ただし、山が高いぶん谷も深い。始まりと終わりがはっきりしていて、案件が終われば人の需要はすっと引きます。
二つ目は「遅い波」。既にあるものを直し、保ち、造り替える需要です。橋梁やトンネルの補修、上下水道の更新、老朽化したビルの建替えやリニューアル、耐震や防災の工事。地味で、一件あたりは小さく、ニュースにもなりにくい。けれど、この波には終わりがありません。人が使い続けるかぎり、構造物は必ず古くなるからです。ここが今回の隠れた主役です。多くの人が速い波だけを見て未来を占おうとしますが、キャリアの安定を左右するのは、圧倒的に遅い波のほうなのです。
1. 速い波 — 万博後に「消えるもの」と「残るもの」
まず速い波から整理します。2025年の大阪・関西万博は、関西の建設需要の一つの山だったのは間違いありません。会場整備だけでなく、宿泊・交通・周辺インフラまで含めて、多くの現場に人が張り付きました。ではその反動で、関西全体が急に静かになるのか。ここは冷静に見たほうがいい部分です。
結論から言えば、万博という一点は引いても、大阪都心の再開発という面はしばらく続く見通しです。うめきた2期のように、駅前の広大な用地を数年がかりで開発していくプロジェクトは、イベントとは時間の尺度が違います。加えて、統合型リゾート(IR)構想のように、実現すれば長期にわたって大量の工事と、その後の維持管理を生む計画も控えています。ただしIRのような構想は、着工時期や規模が政策・許認可に左右されるため、僕は「確実に来る仕事」とは数えません。あくまで見通しの一つとして頭の隅に置く、くらいの距離感が健全だと思っています。
ここで一つ言い切っておきます。速い波は、乗れれば実入りは大きいが、キャリアの土台には向きません。大型案件は経験の密度が濃く、履歴書に書ける実績になります。そこは大きな魅力です。一方で、案件と運命を共にする働き方は、次の波が来る場所へ常に移動し続けることを前提にします。それを楽しめる人には最高の環境ですが、腰を据えたい人には向きません。
2. 遅い波 — インフラ更新という、終わらない仕事
ここからが本命です。日本のインフラの多くは、高度経済成長期、つまり1960〜70年代に集中して造られました。国土交通省は、建設後50年以上を経過する社会資本の割合が今後急速に高まっていくと繰り返し指摘しています。たとえば道路橋やトンネル、水道管といった構造物は、これから更新・補修の必要なものが加速度的に増えていく、という見通しです(出典:国土交通省「インフラ長寿命化」関連資料)。
この数字が意味することは、とてもシンプルです。関西にある無数の橋・トンネル・水道管・下水道は、これから何十年もかけて、順番に点検され、直され、造り替えられていく。しかも一度直して終わりではなく、直したものもまた時間とともに古くなる。遅い波は、文字どおり波状に、途切れず押し寄せます。
僕がキャリア相談でこの話をすると、「地味な仕事ですよね」という反応が返ってくることがあります。気持ちは分かります。けれど、目安として考えてみてください。関西二府四県にある橋やトンネルの数、張りめぐらされた上下水道の総延長を思い浮かべれば、それを点検し維持する現場が一つや二つで足りるはずがありません。華やかさと、需要の分厚さは、まったく別の話です。
2-1. 具体的にどんな現場か、という質問もよく受けます。橋梁・トンネルの点検と補修、上下水道の管路更新、河川・海岸の防災工事、既存建物の耐震改修。国が進める国土強靱化の枠組みも、この遅い波を政策的に後押ししています。いずれも「新しく造る」より「今あるものを保つ・直す」に軸足がある仕事です。
2-2. よくある失敗も一つ挙げておきます。新築の花形現場ばかりを追いかけ、改修・維持系の経験を「格下」だと避けてしまうことです。僕の周囲の実感で言うと、長い目で見て強いのは、両方の現場を知っている人です。新築で段取りの型を身につけ、改修で「既にあるものと折り合いをつける」難しさを知っている——この二枚看板が、変化に一番強い。
3. 変化に強いキャリアの置き場所 — 「波の重なる場所」に立つ
では、二つの波を見取り図として持ったうえで、自分のキャリアをどこに置くか。僕の答えははっきりしています。速い波と遅い波が重なる場所に立つことです。
たとえば関西の都心。ここには、うめきた2期のような速い波(新築・再開発)と、老朽化したビルや古いインフラという遅い波(更新・改修)が、同じエリアで同時に走っています。こういう場所に軸足を置いておくと、速い波が引いても遅い波が足元を支えてくれる。逆に遅い波が細っても、速い波の大型案件が経験を厚くしてくれる。片方が凪いでも、もう片方で漕げる。これが、変化に強いということの中身です。
3-1. 技能の面でも同じことが言えます。特定の一種類の工事しかできないより、点検・補修・改修まで守備範囲を広げておくほうが、波の変動を吸収できます。資格の観点は施工管理技士という資格の価値の記事で詳しく書きましたが、遅い波の時代には「保つ・直す」を扱える証明が、これまで以上に効いてくると僕は見ています。
4. もう一つの構造変化 — 2024年問題という追い風
需要の地図を語るとき、供給側の変化を外すわけにはいきません。2024年4月から、建設業にも時間外労働の上限規制が本格適用されました(いわゆる「2024年問題」)。長時間労働に頼ってきた現場の回し方が、制度として通用しなくなったということです。
これは働く一人ひとりにとって、どう効くのか。仕事の総量(=二つの波)が縮まないのに、一人あたりの労働時間には上限がかかる。単純な引き算をすれば、足りない人手を、より多くの人で分け合う必要が出てくるということです。加えて、建設業の担い手が高齢層に偏っている構図は各種の公的統計でも繰り返し指摘されており、これから引退していく世代の穴も重なります。
誤解がないように付け加えると、これは「誰でも歓迎される」という意味ではありません。時間で稼げない時代は、裏を返せば限られた時間で現場を回せる段取り力が、これまで以上に評価される時代だということです。人が足りないからこそ、施工管理という「回す技能」の値打ちは上がっていく。僕はここに、構造的な追い風を見ています。
5. 二つの波を、自分の言葉で描く — 今日の実務
ここまでを、読んで終わりにしないための手順を置きます。所要時間は30分ほど。白紙のメモを2枚用意してください。
1枚目に「速い波」と書き、あなたがこれまで関わった新築・新設の現場を書き出します。2枚目に「遅い波」と書き、改修・点検・補修・維持に関わった経験を書き出す。多くの人は、片方がびっしり埋まって、もう片方がスカスカになります。それでいい。その偏りこそが、あなたの現在地です。
次に、スカスカなほうの波に、これから半年でどんな一歩を足せるかを一行だけ書き添えます。速い波しか経験がないなら、改修・維持系の求人を一度きちんと眺めてみる。遅い波に寄っているなら、都心の再開発のような速い波が重なるエリアに目を向けてみる。目的は転職を急ぐことではありません。自分の技能が、二つの波のどこに立っているかを言葉にすること。それができた人は、次にどんな景気の話を聞いても、他人の予測に振り回されなくなります。未経験からこの世界を見ている方は、未経験・異業種から施工管理への記事から、波の入り口を確かめてみてください。
(結論)予測を当てにいくのではなく、どの波に乗るかを選ぶ
まとめます。関西の建設需要は、①終わりのある「速い波」(万博・再開発・IRなどの新築)と、②終わりのない「遅い波」(インフラ更新・改修・維持・防災)が二重に重なってできている。③キャリアの安定を左右するのは遅い波であり、④最も強いのは二つの波が重なる場所に立つこと。⑤2024年問題と担い手の高齢化は、施工管理という技能への追い風になる、という見通しです。
万博が終わることを、僕はまったく恐れていません。速い波が一つ引いても、足元では遅い波が途切れずに動き続けているからです。大事なのは未来を正確に当てることではなく、自分がどの波の上に立っているかを知って、意図して選ぶこと。それさえできれば、景気の話は不安の種ではなく、地図の読み方に変わります。
皆さんいかがでしたでしょうか。まずは自分の技能が二つの波のどこにあるか、15問の適性診断で棚卸しするところから始めてみてください。では今日もがんばりましょう。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の需要見通し等は公表資料をもとにした目安の整理であり、個人の経験・企業・政策動向により変動します。